パート独女総資産1000万円までの道

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独身パートの転職歴|13年間で7回転職(9社経験)

2022年現在、私は13年間の社会人経験の中で7回転職し、9社での勤務を経験してきました。(計算おかしくね?と思った方は目次参照)

 

一つの場所で深い人間関係を築いていくのが苦手なんです。

最初はよくても徐々に浮いていくというか。

周囲からの浮きっぷりに自分自身が耐えられなくなり、人間関係をリセットしたくて突発的に辞めるというのがいつものパターン。

 

そんな私のこれまでの職歴を、身バレしない程度に振り返っていきます。

なお、2020年から社員ではなくパートとして働いてますが、“雇用形態に関わらず平日週5で働いている仕事”“メインの仕事”と定義して、社員時代と同じくこの記事にまとめていきます。

 

 

A社3年(正社員):パソコンのカスタマーサポート

超文系の新卒がなぜかIT業界に飛び込みました。

でも今振り返ると、ここでIT業界を経験したおかげで、その後の転職活動にも多少有利に働いている気がします。

 

やっぱりずっと一般事務だけをしてた人間よりはパソコンに詳しいと思ってもらえるし。

Excelの資格もたくさん取ったから履歴書の資格欄も埋められます。(※Excelが出来るとは言ってない)

そして実際に、パソコンでなにかエラーが起きても怖くなくなります。

詳しい操作方法はぐぐらないと分からないけど、ぐぐり方が上手くなるんです。

 

そしてもろに電話対応の仕事だったため、その後の転職でも電話業務に臆することなく求人に応募することができました。

でも根本的には電話対応が苦手な人間だと自覚してるので、今後は電話メインの仕事はやらないつもりです。

 

B社2年(正社員):弁護士法人のコールセンター

なんとびっくり弁護士法人のコールセンターに転職しました。

人生であれだけの弁護士に囲まれることはもう無いと思います。

 

すごいパリピの巣窟だし、電話の内容はヘビーだし(2時間くらいお客さんと話し続けることもあった)、今振り返るとあの環境で2年間も勤務した私は超偉いと思う。

今だったら3か月で辞めてる。

 

C社半年(契約社員):旧財閥系企業の営業事務

これだけ転職を繰り返してる私ですが、C社で初めてメンタルの調子を崩して退職しました。

メンタル不調で辞めたのは後にも先にもここだけです。

こんな陰キャの私に、陽キャの巣窟である旧財閥系企業なんて向いてるはずがなかった。

 

初めて営業事務という職種にチャレンジしたのも間違ってました。

コミュ障の自分にこれほど向いてない職種はありません。

「思いやり」「他人への興味」そんなもの微塵もない人間に、サポート業務が出来るわけないんですよ。

もう二度と営業事務や営業アシスタントはやらないと心に誓いました。

 

D社半年(派遣社員):社団法人の事務

C社をメンタル不調で退職した後、「こんなに職を変えるならいっそのこと派遣社員でいいんじゃないかなぁ」と考え、派遣の勤務形態に慣れるために、最初から半年間の期間限定勤務だったD社で働くことにしました。

 

ランチタイムは派遣社員全員一緒にお昼を食べるのが暗黙の了解という、今だったら初日で辞めてるような職場環境でも半年間健気に勤め上げた私は若くて偉かった。

 

30代となった今ではもう、ランチは絶対一人で外食がいい。

でもこれまでの職場は電話対応が多い現場(=シフト制)だったから一人ランチが可能だったけど、今後電話対応が少ない職場を選ぶとなると、全員一斉にお昼入ったりする可能性が高くなるのかなぁ。

 

E社2年(派遣社員):新聞社のデータ入力

D社で「気軽に辞められる派遣社員さいこー☆」と味を占めた私は、次の仕事も派遣社員として働きました。

静かにもくもくデータ入力するような仕事で、本来電話対応が苦手で陰キャな私にはまあまあ向いてたかな。

 

でも建物が超古くて大きい地震が来たときに怖いのと、20代ぎりぎりだったので正社員になるなら今がラストチャンスじゃない!?と思ったのもあって、E社は2年で辞めたのでした。(今振り返るとこの頃の私って仕事に対して前向きに頑張ってるな…若い…)

 

F社3年半(正社員):保険会社のコールセンター

人生最後の正社員雇用です。一見初めて3年以上勤められたように見えるけど、これは単に会社がコロナショックの直撃を受けて半年間ひたすら自宅待機してただけです

 

週1くらいのペースで出社してたんですけど、コロナショックによる社内のどんよりした雰囲気に耐えられず、ふとした瞬間「あ、辞めよう」と思ってその場で退職の旨を伝えました。

その日の朝まではこのタイミングで退職するなんて特に考えてなかったんですけどね。

 

コロナ禍に辞めて良かったことは、送別会を省略できたこと。

あとは出社人数も少なかったので、退職の挨拶回りも最小限で済みました。

その最低限の挨拶回りすら嫌でトンズラしようかと思ってた私(笑)

 

G社1年半(パート):保険会社の事務 ※午前

もうこれだけ転職してたらいい加減悟ります。

私は3年以上同じ会社に勤められない体質なんだと。

会社のせいじゃない、私の体質なんです。体質だから直すことも出来ません(クズ)

会社や組織への帰属意識が本当にゼロすぎる。

 

どうせ3年で辞めるなら一番面接がラクなバイトでいいかなあと思ってパートへ転向しました。もうスーツで面接とか馬鹿らしくて今更耐えられる気がしない。

 

G社は午前中だけの勤務で、本気で誰とも喋らないことが可能な職場でした。

ここでフルタイム勤務できたらコミュ障な私には精神衛生上良かったのかもしれないけど、超ぶりっこで声がでかい40代オタク社員がいて、そいつの声が聞こえてくるだけで鳥肌が立つからフルタイム勤務は絶対無理。

 

H社1年半(パート):税理士法人の事務 ※午後

人のこと言えないけど社員が全員コミュ障すぎて、お勉強ばっかりしてるとコミュ障になるんだなと変に納得。フルタイムのバイトに転職するまでと割り切っていたからこそ耐えられた職場です。

 

でも午前中に働いていたG社がまったく頭使わないもくもく単純作業な代わりに、H社が数字を扱うので脳みそフル稼働&めちゃくちゃ社員に質問する必要があって、H社があるからこそ私の最低限の脳みそと会話能力が保たれていたような気がする。

 

ちなみに午前と午後で別の会社で働いてたのは、社会保険に入らないようにする為です。

社会保険に入らないようにしてたのは、前職の会社の健康保険を任意継続してたから。

国民健康保険ではなく保険料の高い任意継続を選んだのは、退職が親にバレないようにするためです。

 

私は正社員辞めたことを同居の親には内緒にしています。

国保だと世帯主である親にバレてしまうので、前職の保険を任意継続してたんです。

でも任意継続を使えるのは二年間だけなので、期日が来るまでにフルタイムの仕事に転職する必要がありました。

 

I社22年7月~現在(パート):社団法人の事務

派遣時代に働いていた社団法人D社とは全く別の社団法人でフルタイムのパートとして無事採用されました。

最長三年の雇用契約なので、ここで働いてる間に出来るだけ貯金したいと思ってます。

I社についての詳細はこちらの記事もご参照ください↓

hoppergoto1000.hatenablog.jp

 

 

メインの仕事の合間にWワークとしてこれまでやってきたアルバイトについては、こちらの記事にまとめてます↓hoppergoto1000.hatenablog.jp